「信仰(神を信じること)について」
信仰についていうと、神様を心からすごく信じるというのは、現代では大変なことだと思う。
現代人から見たら、それは普通でない異常な行為に映り、周りの目を気にしながら自分を押し通す行為でもあるからだ。
だから信徒でない一般人の方々には、信仰と言っても、もしかしたら良い事が起きるかもしれない希望を持つ、不確かな信じ方でも全然良いと思う。
その態度を中途半端だと否定してはならないと思う。
そこを「ありがた頼み」だと本物の宗教者達が否定してしまったら、神様はもっと悲しむだろう。
神様は、普通に心を入れ替えた信じない者さえも救ってくださる、大いなる方なのだから。
当然、心を入れ替えない信じない者達も、その人達の心の成長に応じて救ってくださる。
それだから神様なのだ。
その代わりに、淡い幸せな希望のためには、自分から良い行いをすることを絶対忘れちゃいけない。
神様は、良い行いに応じてその人をハッピーにしてくれるからである。
これは信徒であっても一般人であっても、変わらない鉄板の摂理である。
自分から人に与える良い行いと、神様から自分に与えられる幸せは、対価であり共に等価値なのである。
信じる者は救われる。
ちょこっと信じるものだって救われる。
信じない者だって心の成長に応じて救われる。
「神様への信仰」は型難しく考える高尚な人達だけのものじゃない。
信仰とは、もっと素朴で、日常的で、ピュアーなものなのだ。
だから神様をちょこっとでも信じられたら、何事も恐れず、信じて良い行動をしていこう。
その見返りを、神様は必ずあなたに、心の充実や財産として与えてくれるはずだ。