カトリック瀬田教会
仲良しのシスターからクッキー貰いました!
女子洗足カルメル会の作るクリスマスクッキー(北海道で販売)
ESSAY
「キリスト教徒(キリスト者)になるとどうなるか?」
なんとなく食べ、なんとなく遊び、なんとなく働く。
そうやってなんとなく生きる。
これといってずば抜けたこともなければ、面白くて仕方ないと言うこともなく。
平凡に、普通に、当たり障りなく、安全に生きる。
そして自分の関心事や刺激的な出来事が絶対的に少ないので、心の病気になってみたりする。
多くの人はそう言う生き方である。
しかしキリスト教で洗礼を受けたら、それは正反対にガラリと変わる。
キリストと同じ者「キリスト者」として生きる義務がある。
意識的に食べ、意識的に遊び、意識的に働く。
いつも目覚めているので、今を意識して生きている。
全ての事象が自分にとって意味のある出来事であり、面白さと興奮は冷めやらない。
大きく、壮大で、果てしなく、今この瞬間を命懸けで生きる。
関心は四方八方に向き、全ての事象は刺激となって自分に刺さってくる。
だから、心の病気になっている暇などないのだ。
いつも心は開き、愛と勇気で自分の心を固めるのである。
キリスト教徒(=キリスト者)とは、そういう情熱的な命懸けの生き方を選択する人である。