作品「CROSS」
作家近影
「究極の遊び」
悲しみに浸ると、「良くないこと」ばかり起きるのはなんでだろう。
それはハッピーな時と同じことが起きても、悲しい気持ちで見てしまうからである。
悲しい気持ちで物事を見ているために、それが「良くないこと」に見えてしまうのだ。
それと同様に、楽しい気持ちの時には、人の悲しみが分かりにくくなる。
喜び舞い踊る気持ちの時に他者が苦悩しても、その悲しさはリアルに自分に伝わらない。
人が死んだって無関係だし、自分が楽しきゃそれでいいのだ。
そういう気持ちになるだろう。
人間の感情の喜怒哀楽によって、同じ現象もさまざまに見えてしまう。
それがこの世界の多様性を作り上げているのである。
ただでさえ、人と人は全てが違う。
そこに一人ずつの人間に、同じはずである世界が、それぞれに違うように目に映っているのである。
このように、人間は多様性の生き物だ。
じゃあ、どうする。。。?
そうだ、アートをしよう!
自分がリアルに感じるその世界を、モノを作って映し出すのだ。
どういうふうに作るかは、自分次第。
それがあなただけの個性だからだ。
それぞれの手を通して作られたそれぞれのモノたちを、見せ合い、感じ合い、言葉を交わし合う。
ああ、「究極の遊び」だ。
そんな高次元で人間の真実に迫る遊びは、きっと他にはないだろう。
アートはやっぱり素晴らしいな。
このようにアートは、多様性の時代における「究極の遊び」になるのである。
芸術家は、それに命を賭けて仕事にしているプロフェッショナルなのだ。