私の会社『EDEN PROJECT』
「全部が私である」
世の中の言う、これも私でそれも私で、全部が私だ。
相反する矛盾を抱えて、日によって別ベクトルの行動を取りながら生きている。
一貫する行動があるとすれば、「熱意」だけだ。
言葉ほど曖昧なものはないし、言葉によって表される現象ほど儚いものはない。
言葉は、その時の記録をしているだけであって、その状態は永遠には続かない。
だから、言葉で規定しているものだけを私は信じない。
私は、それを言葉で知ったのなら、そのことを自分で体験してから信用している。
つまり、私というものも私自身の行動で証明はできても、言葉だけでは規定できない。
そういう私の与える体験の総体が「私」なのである。