『五百羅漢と多宝塔』
弟子「甲斐ひなの」と妻「森木愛琥」と川越観光を楽しむ
磯丸水産での懇親発表会
ESSAY
「新構造社川越スケッチ会」
本日は私の美術母体組織「新構造社」の年に一度のスケッチ会イベントでした。
場所は埼玉県の川越で開催しまして、ここは江戸時代に「江戸の北の守り」としてあった「川越城」の城下町風景が現在に一部形を変えて続いている城下町エリアです。
川越城は、代々幕府の重臣が城主となっていまして、長禄元年(1457年)に、室町時代中期の武将・守護大名の「上杉持朝(もちとも)」の命により、家臣の太田道真・道灌親子が築いたといわれています。
今日は私のグループとしては、私「YUTAKA」と、私の妻の「森木愛琥」、そして私の教室の生徒の「甲斐ひなの」さんとの3人で参加しました。
今日はひなのさんには、課外授業として、この新構造スケッチ会に参加してもらいました。
まずはJR川越駅改札でこの3人で朝8時半に待ち合わせしまして、新構造社メンバーで喜多院にて集まる午前10時になるまで、3人で喜多院に行く途中の「川越八幡宮」や「中院」などの神社仏閣で記念写真を撮ったりして観光を楽しみました。
それでも集合時間よりも30分早く喜多院に着いてしまい時間を持て余しそうになりましたが、なんてことはない。
もう理事長も副理事長も含めて10人程いらっしゃって、スケッチを先に始められていました。
それからしばらくすると、もう10人ほどの川越駅で集合したグループも到着し、23人参加のスケッチ会となりました。
会のスケジュールとしては、昼12時頃のゴールを目安に、まず参加者全員で喜多院の院内を見学し、次に「五百羅漢(500体いる様々なポーズの仏像群)」を観光、その後に黒い着物を身に纏った「米屋綾子」理事をモデルに風景を入れたスケッチを描くという予定でした。
ですが、喜多院の中の本殿と離れをつなぐ渡り橋の上で、米屋綾子着物モデルスケッチ会が流れで始まりました。
その後、五百羅漢に移った後も、五百羅漢がズラリと敷き詰めて並ぶ敷地内で、米屋理事が紫色の傘と扇子を持っての集団スケッチが始まりました。
私たち3人のグループは、神聖な場所だし、周りの観光客への観光妨害も懸念しまして、それらの機会には敢えて時間の掛かるスケッチをするのは辞めて、写真で撮るのみの参加としました。
私たちYUTAKAグループはあとで、「蔵造りの街並み」で有名な川越商店街に赴き、メインストリートの脇にある「コメダ珈琲店」に入って4人掛けテーブル席に着席してから、まずはナポリタンやサンドイッチなどのランチをそれぞれに食べて、その後にそれぞれのスマホで撮った写真を見ながら3人3様にスケッチを描いて1人1枚ずつ完成させました。
皆、だいたい1時間くらいでスケッチは出来上がりましたかね。
私は、教室生徒の「ひなのさん」の隣に座り、ひなのさんにスケッチの描き方を指導しました。
まずは彼女に自由に描いて貰い、彼女が描いていくうちに私が横からアドバイスをするという形で、鉛筆で素描を描かせて1枚習作を完成させました。
まあ、写真を見て描く「写真スケッチ」ですが、彼女にとっては、スマホが当たり前になった現代人にぴったりの絵の描き方の練習となったでしょう。
その後、川越名物「菓子屋横丁」で散策・買い物し、懇親会会場である川越駅近くの魚介居酒屋「磯丸水産」へ急ぎました。
磯丸水産へは結構歩いて、多分二駅分ばかりは歩きましたかね。
着いたのは予定時間ジャストの夕方4時半で、もう私たち以外の参加者は皆待っていて、少し待ちくたびれた様子が見られました。
懇親会には出席しないで途中で帰った人もいるようで、参加メンバーは18人で会の上層部の役員がほとんどを占めていました。
まあ、時間に間に合ったのだから何の問題もないでしょう!
スケッチ発表会を兼ねた懇親会のスタートです。
皆でビールで乾杯し、お通しのメザシやさつま揚げなどをテーブル備え付けの網焼き器で炙りながら、しばらく着席した席の周りのメンバーで歓談していると、今回の川越スケッチ会を企画立案し司会進行まで務められている新構造社理事の小林満風さんから、「それでは、作品発表を始めます!」とアナウンスがありました。
そして私を作品発表のトップバッターに指名して頂きました。
さて、私の今回のスケッチ作品は「五百羅漢越しに見える多宝塔」です。
F6布キャンバスにマジックペン一本で仕上げたモノクロ作品ですが、自分でもなかなかによく描けたと思っています。
まあ、私は教室の主宰で生徒まで連れてきている身分ですし、自分のスケッチの力量には自信があるので、堂々と皆に見せて発表会の皮切りをいたしました。
懇親会会場の入り口前方に立ち、参加者の皆に見せると、皆からはたくさん良い反応や良い感想が返ってきました。
ただ、新構造社の最トップの中谷理事長は作品に対して厳しいことを言うのが立場上での仕事ですので、私のまだスケッチしきれていない点も綺麗に探し出して、的確に指摘してくれました。
勉強ですからね、何事も。
慎ましく受け入れようと思います。
まあ、そうして作品発表会は私からスタートしたのですが、私は努めて楽しいムードを作るように、拍手や歓声で場を盛り上げました。
妻の「森木愛琥」もプロの美術家ですので言うまでもなく上手いのですが、彼女の作品を見せた反響も素晴らしいものでした。
何を言われるかと心配だったのは、まだ19歳で武蔵野美術大学一年生の私の教室生徒「甲斐ひなの」さんでしたが、私が指導して彼女なりに仕上げた作品の良い点も悪い点も、中谷理事長と片桐事務局長からコメントを頂き、彼女が正当に評価されたと嬉しく思っています。
彼女は若いのにメンタルが強いようで、少し悪いことを目上の人間に言われた様じゃヘコタレない心の持ち主であることも分かりまして、先生の私としてもこれから育てるのが楽しみになりました。
まあ、こうして次々と懇親会参加者18名が発表して、夕方6時半まで飲んで楽しみ終わりました。
店の外に出ると、6時半でももう暗い。
少し前まではこの時間でもまだ明るかったのに「ああ、季節が進んだなあ」と、秋をようやく実感できました。
そして店前で自由解散となり、ホテルに泊まる者も家に帰るものも、皆それぞれの帰途に就きました。
ひなのさんも帰りまして「気をつけて帰ってね」と見送り、私:YUTAKAと妻:森木愛琥の亀ケ谷夫妻は日帰り組ですので、世田谷区の我が家を目指して、また1時間半の電車小旅行に就いたのでした。
【俳句】
・秋麗(あきうらら) 五百羅漢と 朱色塔
・新涼や 吹き抜ける風 蔵の街
・美人弟子 しなやかな女(ひと) 秋うらら
・秋麗の 美人と歩く 蔵の街
・折れて咲く 女と白い 曼珠沙華